「悩む」と「考える」の大きな違い

1こ前のブログ、URLを日本語のまま変えるのを忘れて投稿してしまったので、ちょっと萎えています。
wordpressとか使ってる人は特に気をつけた方がいいと思う。
個人サイトではなく、ちゃんとしたサイトでもここ気をつけてないのあるから、、気をつけなきゃですね(´ω`)
詳細:http://ja.forums.wordpress.org/topic/2048

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今日は春の陽気でぬくぬくですね。
自分の熱か気候かもうよく分からないです。笑

さて、今回の本題は、「考える」と「悩む」の2つについて。

「悩んでいる」と「考えている」を勘違いしていませんか?
毎日、起きることを咀嚼して、考えて向き合う必要があります。
日々起こる事を漠然と流し続けているだけでは、日々の気付きから何も得られません。

「考える」というのは、とても生産的な行為であると思います。
思考を積み重ねていくイメージです。
一周するのではなく、らせん状に、すればするだけ気付く事や考える事が増えていく。
情報をかき集めたり、勉強したりで、問題解決をしようとするプロセスの一環だと私は考えます。

「悩む」というのは、非生産的な行為
明確なゴールを目指すでもなく、正解に近付ける努力をするでもなく、腕組みをして漠然と「う〜ん」って唸っているイメージです。
答えを出せないというか、出す気がそこまでないというような、勇気や意志が少ない状態の時に多い気がします。

その問いをしている時に、
・前に進めているか
・問題解決に通じているか
・効率的に考えられているのか

という事を考慮することは、とても必要です。
自分が「考えている」のか。「悩んでいる」だけなのか。

だから、似たように思える言葉でも、伝える意味合いは全然違う。
という事をもともとこの記事では書こうとしていました。

書こうと、していました。

自分は書く題材に対してぱーっと下書きしてから、
同じようなテーマで書いている人のブログも覗きにいったりもするんだけど、
まあ人間って考えて行き着くところって少なからず似ていて、だいたい同じような事を書いているわけ。
「考える」は生産性があって、「悩む」は非生産的だって。
ただ、それだとなんだか落とし込めなくて。笑

最近思ったんだ。
「悩む」という明確なゴールがない事に対する問いをたてることは、とても大切なんだと。
一見非生産的にみえるその行為に、どれだけの時間と労力をかけられるかってこと。

悩んでいたら、ふとした時にその問いの答えって見つかったりもするし、そのたてた問い同士がリンクしたりもする。

ふと瞬間に、「あ、これだ。」っていうのが、「悩む」という行為が与えてくれうるもの。
すごく抽象的で、すぐにメリットがみえるものでもなんでもないんだけど、
人間として「その人の深み」がでるのは、「悩む」という行為が与えてくれる気がする。

結局何を伝えたかったかって?
自分の考えの整理をしたにすぎないんだけど。笑

でも、無駄にみえるものでも、人として生きていくうえで、無駄なものなんてないってこと。
というか、そこにどう価値をおくのかって、自分次第なんだと思う。

そんな事をぼやいて、少し体調がよくなってきたので、 ちょっと頑張ります(´ω`)

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