自分と未来は変えられるけど、他人と過去は変えられない。

ちょうど1年前に書いていた記事を見つけた。
引用して、そこから思う事を今日は綴っていきたい。

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今日は、自分が思う「変えられるモノ」について。

―変えられるもの。
それは単刀直入に言うと、「自分と未来」だけだと思っています。

逆にいえば、「他人と過去」はそう簡単に変えられないと思っています。

過去は、自分をいままで創りあげてきたものです。
それを否定してしまうと、いまの自分を否定してしまうようなことを
呼んでしまう気がします。

最近は「否定」についてすごく敏感になっている自分がいます。
誰かと話すと必ずや否定の表現は出てきます。
自分は「受け入れた上で自分の考えを話す」ということを意識するようになったから尚更。

自分を変えるということは、大変労力がいることであって、
また、「変わらない」という勇気や決断をもつことも大切だということに気づきました。

他人に軸をおいてしまうと、自分が辛くなった時の逃げ道ができます。
「ああ、○○のせいで・・」
「あの時○○だったから・・」
それって、何の成長になるん?
逃げ道を他人においちゃう事ほど、悲しいことってないように思います。
そんなの、ただのあてつけの優しさ。
自分本位の 勝手な 優しさ。

自分が人をすごく大切に思うからこそ思うこと。
「他人は変えられない」

変えようって思ってしまうのは、その人の良くないところがみえているから。
そうじゃなくて、
変えようって思うんじゃなくて、
その人自身がもっている素敵なところ、いいところを見てあげる。
そして、そのいい部分を伸ばしてあげるお手伝いをする。

人を大切に思うんなら、あてつけがましい優しさじゃなくて、
なんていうのかな、
そういう行動ができるはずだと思うんです。

他人のことを「変えてあげなきゃ!いい方向に導かなきゃ!」
っていう想いを抱いて行動するの、辛くないですか?

自分が変われば、結果的に人も変わる。
自分の成長や変化には 人もついてきます。

誠実さなんてのは、本当にそうだなと思っていて、
相手の誠実なキモチが欲しいと思うのだったら
欲する前に、自分がまず、欲しい誠実さ以上のキモチで接する。
そしたら、少しでも 誠実っていうものは返ってくるもの。

欲する前に、自分のことから見直す。
自分を変えて、未来も変える。
そうしたら、自ずと「他人も過去も」結果的に変わってくるのではないかな?

と、私はそう思うのです。

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月日が経つのは、本当に早い事だなと心から思う。
文章の能力も、この1年で少しはあがったかな?と、
昔の文章を読んで少し恥ずかしくなるほど。笑

自分が「他人と過去は変えられない、変えられるのは自分と未来だけ」と強く思うようになってから
生きる事自体がとても楽になりました。
人の弱さや甘えが、とても愛おしく思えるようになりました。

苦手な人がいたとしても、”嫌い”な人はいなくなりました。
言いがかりをつけられたとしても、受け止められるようになりました。

恨みや嫉妬といったマイナスの感情は、とても強いパワーをもつ。
ただ、そこで生まれるものに頼ってしまうのは、人間が弱い故に仕方ないものかとも思う。

他人を変えられないのであれば、自分の見方を変えてみる。
「自分」が変われば、付随して、「他人」も変わる。

誰かを変えたいのであれば、それなりの責任をもちつつ、
自分の生き方で引っ張ってこれるくらいの「姿勢」でみせるべきなんだと思う。
dogdog

自分の甘さをいつまで他人のせいにしてしまうのか?
自分の醜い部分をいつまで他責にしてしまうのか?

起こる事は全て、自分に原因がある。

そう思えたときに、実体験を通して感じられた時に、はじめて
「自分と未来は変えられるけど、他人と過去は変えられない」
という言葉が腑に落ちるんだと思う。

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