人の話を「聴く」ということ。

今日は午後お休みをもらって、まったり後輩ちゃんの話を聞く日にしてみました。
夜はマッサージに。
明日からまたバリバリ頑張るためにも、
オンとオフの切り替えは大切ですね。
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昔からよく、他人の話を「聴く」事について考える機会がよくありました。
というのも、「話す」よりも「聴く」事のほうが、とても難しい事だと思うから。

人と話している時に。自分の話ばかりしてしまうことって、
幼い頃の自分には多かったように思っていて。
「ねえ、きいてきいて!」って。

大学に入ってから、人と会う母数がまず増えて、
それに付随して、人と話す事が多くなりました。
特に、接客業なんてのは「聴く」事が仕事のようなものだったなあって、
思い返してみると、すごく思います。

いつも人と会ったり、話したりした後には
「相手の話を聞けたかなあ、相手は喋りたいこと喋りきれたのかなあ」
なんて思いながら、帰路に着く事が多い。

「話したいこと・聞いてほしいこと」の欲が解消できると、
少しでも相手の気が楽になると思っています。

そんななかで「聴く」事に徹しようとしている人が
最近多いように思います。
そもそも、人の話を聴くって、どういう事を指しているんでしょう?
・ただ聞いているだけ
・質問をして相手の核心にふれること
・大きなリアクションをすること
・課題をみつけてあげること

最近は「意識してわざわざ人の話を聞こう」とする人が、
多いと思うんです。

それが悪い事だとは思っていません。
ただ、人と話をする時に、「心から聞いている」というよりも
その話のなかで相手の抱えている課題をみつけようだとか、
「聞いてますよ!」アピールをするような人が多くて、
なんだか違和感を感じてしまうのです。

だからこそ、「ただ聞いている」ということほど、
大切な事はないんじゃないのかな?
なんて私はよく感じています。

相手の話を聞いているときに、
自分の知識を引っ張ってこようだとか、
次の質問を考えているだとか、
問題点を探しているとか、
なにか既に知っている事と擦り合わせようだとか、
色んな事を考えながら相手の事を探っていることは
少し前の自分にはすごく当てはまる事でした。

だから、純粋に相手の話を聞ける人って、いるのかなあなんて思うのです。

人の話を聴く事がなぜ自分は好きなのか。
ちゃんと「ただ聞いている」と、
好奇心や、純粋に相手のことを知りたいという気持ちがでてきます。
聞き終わったところで、
「相手から」もっと喋ってくれることが、あります。
そういう瞬間が、自分はすごく好きなんだろうと。

ただ、”自然に話したくなるような”
そんな瞬間なんてものは、そう多くはなくて。

多分、もっと、もっと引き出す必要ってあると思うんです。
そのために、色んな質問を投げかけてあげたり、
気付かせてあげたりって事ができる人は、素敵だなあと思います。

ただ、そうやって”追求”して
相手の心を引き出せる人になりたいというよりかは
自然に、相手が話したいことを話したくなるような「ひと」に
自分はなりたいんです。

話や時間に価値をもたせるとかよりも、
友達と、後輩と、心地よい状態で
お互いに「話したいことを話す」という
そんな時間を増やしたいと日頃から思っています。

“ただ人の話を聴く”
一見誰にでもできるようなそんな事が
できる人はどれくらいいるんでしょうか?

心地よい時間を、日常のなかでもっともっと増やしていきたい
そう願うだけなのです。

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