「優しさ」について考えてみた。

今日の文章は、かなーりくさくなってしまう気がするんだけど
そんな事気にせずに文字を綴ってみようと思う。

私は普段から、「優しさ」について、よく考える。

名前にも意味が込められているし、
幼い頃から自然に考えてきた気がする。

「優しく、楽しい子になりなさい」
って、お母さんの想い。

小学生の時のテストは、
あまりにも画数が多くて毎回いらいらしていたのだけど。笑

5537744898_4f7749fccf

「優しさ」とか「愛情」は、もしかしたら無限ではないのかもしれない。
他人の事ばかり考えて、自分に余裕がなくなって、
しんどくなってしまう事って、昔の自分にはよくあった。

「優しさ」って、その人自身の辛い体験とか
誰かからもらった愛によって蓄えられてきたものかもしれない。

ただ、いくら「優しさ」が有限だとしても、
使えば使うほど、人に分ければ分けるほど
自分のなかから出て来たり、蓄積できる量が増えるようなイメージ。

だから、けちったり、
分ける人を選んだりなんて
そんな事は、できればしないで欲しいと思うんだ。

たとえばね、
電車の中で、彼氏とすごく幸せそうにしていて
でも、自分たちの事しか考えなくて
隣に立っている人を押す女の子がいるとする。
それって、すごくもったいない事だなって思うわけ。

「優しさ」が有限だとしても、
少しでもその優しさとか、幸せを隣の人にわけてほしいと思う。

それで、「ありがとう」なんて言葉がかえってきたら、
その女の子だって、
その隣の、何も接点がないような人から
「幸せ」をわけてもらえるから。
そこで生まれるはずのなかった幸せが生まれて、
幸せの絶対量がいとも簡単に増えると思う。

そんな、たくさん注いでっていってるんじゃなくて。
大切な人には、心からの愛情とか優しさを注いで欲しいし、わけてあげて欲しい。

それに加えて
何も接点がないような、日常で触れ合うような人に対しても
少しだけでも、優しくできたり、
少しだけでも、相手を想いやる気持ちをもってみたらどうかなって。

みんながそうやって
今よりちょっと余裕をもって
今よりちょっと優しさを分けられるようになったら

「幸せ」を感じられる人の数って、すごく増えると思うんだよね。

自分が優しくなればなるほど、世界も、人も、自分に優しくなる。

目に見えないものなんだけど、
なんらかの形でかえってくるものではないかな、なんてそう思う。

そんな事考えながら
毎日過ごすようになると、生きるのがとても楽になった。

もちろん、
自分の分けた「優しさ」が全てかえってくるわけではないんだけど。
それでも、世界に生まれる「優しさ」や「愛情」の母数が増えるのって
悪い事じゃないと思うから。

今より、
日々ちょっと余裕をもって
日々ちょっと優しさをわける量を増やして
それを繰り返していったら、
自分がもてる「優しさ」の量って、すごく多くなるんだよね。

広告

「優しさ」について考えてみた。」への1件のフィードバック

  1. わーほんとだ!!
    似てる!!
    わざわざありがとう♡

    深い言葉がつまってる素敵な記事だった!ゆらちゃんの文章のリズムとっても好き。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中