「責任と覚悟」なんか、気付いたら得ているもの。

「責任と覚悟」という言葉を周りからよく聞きます。
昔の自分もよくいっていました。
むしろ、簡単にこの言葉を使っていました。

「覚悟をきめる!」
「責任をもつ!」
口で言うだけなんて、本当に誰でもできること。

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ここ4ヶ月、何も省みずに1つの事に立ち向かい続けて、
気付いた事がたくさんあります。
そのなかの1つ。
責任をもつとか、覚悟を決めるって、
言ってすぐにできることではないと思ったんです。
愚直に向き合い続けて、
気付いたら得られるものなんだと思ったのです。

1つの目標を達成するということに対して、
どれだけ真摯に向き合えているのか。
他の人を巻き込んでいるということに対して、
どれだけ考えられているのか。

私はよく「謙虚」という言葉について考えます。
1年以上前にもこんなつぶやきをしていました。
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「謙虚さ」の魅力ってすごい。
欲張りであって、かつ謙虚な人って素敵。
自分に満足することがないから欲張るその貪欲さ。
謙虚って、控えめなこととは違う。
感謝の気持ちを常 忘れない人のことを言うんだと思う。
謙虚の逆は傲慢。
傲慢な人は圧力的で、なにか勘違いしてる人が多い気がする。

謙虚とは、ただ内向きになって主張しない事を
指すわけではなく。
常に自分を信じ続けたり、
自分がどうなろうとも気にしないくらいの
責任や覚悟をもてた人が
「謙虚さ」を気付いたら
もてているのだろうと私は思っています。

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謙虚というものは、人のまえで、
おのれを無にするとか低く見せることでは絶対にない。
むしろ自分の責任において、おのれを主張することだ。
つまり、謙虚は権力とか他人に対してではなくて、
自分自身に対してこそ、
そうあらねばならないんだね。

岡本太郎 『壁を破る言葉』より
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ー責任をもつということー
http://yurachim.com/2013/04/16/sekinin/
こんな記事を始業2週間目で書くくらい、
毎日“責任と向きあう“ということについて考えてきたように思います。

自分はいままで本当に逃げ続けてきていて。
自分のできなさが露呈する日々の連続に直面する度に
自分は必要とされてないのではないか
なんて常に感じていて。

たとえば自分の状態が0だとして、
現状はすぐに変えられないのに
責任ばかり感じて、動けなくなり、悲しくなって。
逃げたくなっていました。

自分の価値なんて、探すというより、創るもの。
何も出来ないと思っていたら、
本当に何も出来ない。

これから先も、こんなことってまだまだあると思うんです。
私は月に1回のペースでへこたれているので。笑

ただ、ずっとこの状態を繰り返すわけにもいかなくて、
いい加減仲間に見捨てられるのではないかと
ひやひやしているのです。笑

まだまだ弱い人間です。
ただ、少しずつ、一歩ずつだけど
それでも前に進んでいるように思っているんです。

「成長したな」とかって、
ふと気付いた時に感じること。
ふと今までたどってきた道をみて、
「ここまで歩いてきたのか〜!」
と実感できるもの。

小さな責任から果たし、より大きなものを背負える人間になりたい。
いまの自分はまだ背負ってもらっています、だいぶ。笑

覚悟と責任をもっていきたいです。
なんて言葉は誰にでもいえるから。

気付いたら得られているであろう
その時のために。

気付くのが、きっと大きな第一歩。
言葉にするのがその次。
そして、自分のなかで落とし込む。
行動にあらわれるのは、本当に落とし込めた時。

口だけ人間にならないように、
責任を果たして、より大きなものを抱えられる人になれるように
愚直に真摯に1つずつ向き合って行きたいと思います。

さー、ふぁいてぃん!

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